雪華 〜雪の結晶柄とのご縁について〜

着物の柄・文様には本当にたくさんの種類があります。
梅、桜、菊、牡丹などの花模様や、松や竹などの植物、などがパッと思い浮かぶでしょうか。
それ以外にも、近年は、猫やうさぎなどの動物柄や動物モチーフの帯留めや根付けなどの小物も充実しているように思います。
他にも、青海波や麻の葉など、多種多様の文様があり、皆様それぞれお気に入りがあったりするのではないでしょうか。
私には、つい気になってしまう文様があります。
それは「雪の結晶」です。着物の柄で、というよりは、雪の結晶柄のブローチを帯留めがわりにしたり、雪の結晶柄の半衿で季節感を出したり、という、ポイント使いを楽しんでいます。

なぜ、雪の結晶なの?と思うのですが、やはり学生時代から楽しんでいたスノーボードの影響かな、と感じます。
北海道のゲレンデが大好きで、定期的に滑りに行っていたのですが、空から舞い降りてくる雪が、ひとつひとつ完璧な結晶の形なのです。
リフトに乗っている時にウェアに降り積もる結晶に見入ってしまったり、夜の露天風呂で真っ暗な空から美しい結晶が落ちてくる様は感動のひとことでは言い表せません。

そして、実は、私と雪の結晶柄には、深いご縁があります。
私の出身地・茨城県古河市で、日本で初めて雪の結晶が発見されたのです。

結晶のまま舞い落りるゲレンデの雪

茨城県古河市は、栃木県や群馬県に隣接する、関東平野のほぼ中央にあります。江戸時代は下総古河藩の名称で、徳川将軍が日光東照宮に参拝する際に宿場とされておりまして、北関東では要所でした。

第4代藩主の土井利位(どいとしつら)は、寺社奉行や京都所司代を経て、老中にまでなったエリートコースのお殿様なのですが、風流な一面もあり、手に入れた蘭鏡(現在でいう顕微鏡)で雪の結晶を観察・描写するのが趣味でした。
書き留めた雪の結晶たちに「雪華(せっか)」と名をつけ、古河藩家老で蘭学者でもある鷹見泉石(たかみせんせき)の助力を得て、「雪華図説」を刊行するまでになったのです。
日本で初めて、雪が結晶(それも多種多様)であることを発見したのは土井利位であり、「雪の殿様」の愛称で親しまれていたそうです。
利位の書き記した雪華文様は、そのままテキスタイルとなり、江戸の街で着物の柄や屏風、襖などの調度品の柄として大人気となりました。
利位も、身の回りの品や衣類に雪華文様をあしらったり、手紙にスタンプのように雪華文様を押したり(女子力高いです!)と、まさに雪の殿様、の生活だったようです。

そんな歴史のある街で生まれ育ち、私自身も気づかぬうちに、雪華文様にかこまれて暮らしていたのです。
街には、雪華文様をあしらった街灯や、掲示板などがあります。
また、古河市の小中学校は歴史が古いのですが、すべての学校の校章は雪華文様を基にデザインされています。
きっと、日常的に目にしていた雪華文様に、すでに私は魅せられていたのではないかなと思ったりしています。

同じ土地で、100年以上前に、雪の結晶の美しさに心を震わせ、そして敬意を払い、もろく、儚い結晶の形を必死に書き留めたお殿様。
なんて素敵で、感性豊かな人物がいたのだろう、と、古河市出身であることを誇りに思います。

江戸の街で一大ブームとなった雪華文様。
現代で、またそれが巻き起こったらいいなぁ、なんて思っています。

土井利位土井利位
雪華図説雪華図説